私の好きな蓴菜(じゅんさい)

昔々あるところに大層気の良いおじさんとおばさんが住んでいました。ある日、そこにおじさんの姉夫婦が子供連れで遊びに来ました。子供二人はまだ小さくて小学校の低学年でしたが、おじさんは、子供にもちゃんと一人前のお寿司を黒塗りの蓋付のお椀も付けて注文してくれました。それと大皿いっぱいに並べたハムも。
何せ昔々の60年も前の子供にとって、これはすっごい御馳走です。実は今でも私、朝食ビュッフェでハムが並んでいると少し鼻息が荒くなってます。***** この時、お椀の蓋を取るとなんとも言えない良い香りの無色透明な出汁の中に初めて見るミニチュアみたいな植物が浮かんでいました。名前を教えてもらい、恐る恐る口にすると・・・・大好きになりました。子供には巡り会うチャンスが極めて少ない蓴菜。成長して、和食のお膳も、何度かいただく機会もできましたが、香りが全然違うんです。ムキになって山の中の蓴菜料理専門店にも行きましたがあかん!! 今月は秋田県八郎潟まで行って、近くに蓴菜の名所があるらしいので、道の駅で袋詰めを買って大切に持ち帰ったのですが、ダメでした。思うに、当時のおじさんの家は宇治の外れ。お寿司屋さんは近くの池で採れたのを、そのまま清汁にチャッポンできるような環境だったのかもしれない。。。

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この歳になると懐かしいものがジワッと湧いて来ます。小さな子供にも優しくしてくれた叔父(と、その奥さん)が慕わしい。。

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この記事へのコメント

埼玉の酔仙
2019年06月07日 15:00
おっと、このところ忙しくて巡回をしていなかったら
ジュンサイのお椀が冷めかけていました。m(_ _)m

ジュンサイは食感が第一という記憶なので、香りと
いわれると、はて、思い出せない。やはり、野生の
ものをそのまま椀種にすればこそ、だったのでしょうか。
子どもの時の刷り込みは消えませんね。
赤ん坊が産まれてから、まず抱かれる触覚、口にする
母乳の味覚、嗅覚。ついで外界を見る視覚。言葉。
最後に名前、文字。なので、老化に伴って、最初に
忘れるのは名前、文字。(笑)
「で、臨終の時には?」「ジュンサイが食べたい、と
言ってましたよ。」…… (>_<)\バキャッ


ぷうぷう(風=)
2019年06月07日 20:13
まぁ、酔仙さま、こんな絵にもコメントをくださってありがとうございます。
思えば、黒塗りのお椀でおすましをいただくのも初めての経験で、これ、周りのトロ~ンが際立つのです。味の初恋?? いや、ほんま、死ぬ時に「じゅ・・じゅんさい・・ガクリ・・」となるかもしれませんわ。ま、これは"畳の上の往生"が前提でしょうから、ある意味メデタイですね。

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